「村上ファンド」の名でお馴染みファンドマネージャーとして名を馳せた村上世彰さんの生涯投資家を読了。
第1章 何のための上場か
第2章 投資家と経営者とコーポレート・ガバナンス
第3章 東京スタイルとプロキシーファイトに挑む
第4章 ニッポン放送とフジテレビ
第5章 阪神鉄道大再編計画
第6章 IT企業への投資 ー ベンチャーの経営者たち
第7章 日本の問題点 ー 投資家の視点から
第8章 日本への提言
第9章 失意からの十年
という章立て。
序盤の内容は一度「読み始め」として取り上げていますが、
中〜後半は・・
一時マスコミの話題を独占したかのニッポン放送とフジテレビを巡る舞台裏や阪神タイガースをも巻き込んだ阪神鉄道を巡る投資の真意に関して。
マスコミでの論調は、儲け一辺倒への問題提起、批判といった構図で善悪で論じられていたように記憶していますが、
例えば阪神鉄道(阪神電車)の場合、
路線が複雑怪奇に乗り入れる状況に利用者の利便性から再編を促したところ
” 彼らは、自分たちの既得権益を侵す人間を、ただ排除したいだけだった。長年穏やかに安定的に事業を行ってきた「阪神」という鉄道のブランド元で、株価の低いままであっても、資産効率が低くても、、揺らぐことなく安定した状態で居続けられるという思い込みがあったのだろう。
経営陣が自ら株を持ってコミットすることのない日本企業の悪弊が、如実に表れていた。あの当時は有名な上場企業でも、ほとんどがそんなレベルだった。”(p151)
と、多くの企業で経営陣の安定志向等から資産価値が十分に発揮されず、株価の低迷を招いていた状況に言及されています。
村上ファンドに込められた日本への思い
村上世彰さんが投資を通じて実現したかったことは、
” 私はコーポレート・ガバナンスの浸透を目的に、その徹底がなされていない企業に投資家として関わり、上場企業のあるべき姿に近づけたいと願ってきた。
一定数の株式を買うことは、その目的実現に向けた手段の一つだ。”(p156-157)
との大義に基づいたもので、ようやく最近になって
” これまでのバッシングとは異なり、私の主張を冷静に受け止めてくれたものだったと感じた。
「物言う株主」が増え、議決権行使の方針の開示も義務となり、コーポレートガバナンスやスチュワードシップ・コード、伊藤レポートといった上場企業や機関投資家に対する指針が国によって示され、投資家と上場企業のあるべき姿がだいぶ明確になった。
それは間違いなく私の目指してきたものである。”(p274)
と、時代が村上世彰さんの考えに追いついてきたとの実態があるようで、そのことが本書出版の大きな動機(=世間が村上世彰さんの考え方に耳を澄ますようになった)となっているようですが
本では表現の仕方など村上世彰さんの反省についてもありながらちょっと時代が早かった「村上ファンド」を通じて目指された日本の姿について学ぶことが出来ます。
意図した結果を導き出せないアベノミクスと称される政府の経済政策であったり、停滞が叫ばれて久しい日本経済ですが、
成長、未来を描くことへの障害が日本企業に内包されていたことに気づかされる一冊であるとも感じました。