脳科学者 中野信子さんの『ペルソナ 脳に潜む闇』を読了。
先月(2022年6月)↓
中野信子さん登壇イベント前「あわよくばサイン頂けたらいいなぁ」との思いから購入していた著書。
遡られていく自伝
帯に「脳科学者 初の自伝」とあり、今まであればご専門の脳に関する学びを分かりやすくといった購入目的でしたが、
本書は脳ではなく中野信子さんご自身に焦点があてられた内容で、冒頭の「はじめに わたしは存在しない」から
” モザイクのように出来上がっている中野信子の姿を、何がしたいのかよくわからない、といってお叱りいただくこともある。が、そういうその人こそ、何がしたいのかよくわからない。”(p3)
に、
” わたしのペルソナ(他者に対峙する時に現れる自己の外的側面)は、わたしがそう演じている役である、といった言い過ぎだと感じられるだろうか? あなたが、わたしだと思っているものは、わたしではない。一時的に、そういう側面を見て取ってもらっているだけのことである。”(p9)
と(読者を)突き放し気味の文が続き、TV等で何となしに抱いていた物腰の柔らかさといった先入観を覆されるかの展開。
構成も
” 本書では、一般的な自叙伝とは違い、現在から時代をさかのぼる形で書き進めてゆくことにした。”(p9)
という一癖ある形で進行。
本書刊行の経緯を結びの「おわりに わたしのモザイク状の多面体である」で
“「中野信子」という作られた像に恣意性があると見抜けない人がしばしば、会いたい、といろいろな伝手を使ってやってくることがある。
興味を持ってくださるのはありがたいことではあるが、仕事でもない限り、できるだけお断りしている。
なぜなら、たいていその人たちの目的は、私がどんな人間かを知って安心したいということだけだからだ。そうでなければ仕事をもってくるはず。
そんなわけで、自分がどんな人間かを本という形にまとめておくことにした。というのも本書の目的の一つである。
そうすれば、私に会いたい、という人には「これを買って読め」で済む。本書を読んでもいないのに会いたい、というのならば、それは本当に私に会いたいということではない、もくしはセクハラにつながる下心からのことだと判断できるから、無視してよい。”(p236-237)
と200ページ到達に前後して、タイトルのペルソナに込められた意味も重々理解出来た感じに。
中野信子さんのリアルに、知的好奇心を刺激される学びに
イメージで伝わる中野信子さんとは裏腹な中野信子さんの内側が明かされていく間には、
“自分の中にはなかった何かを取り入れようとするとき、私たちの脳は喜びを感じるように作られている。
そして、健全な競争があるとき、その楽しみはより強くなり、学習の速度も上がるように感じられ、この爽快感はたまらないものだ。”(p193)
に、
” 過去に存在した無数の事実の集積で、人間はできている。そのデータのどの部分に焦点を当てて語るのかは、当人の問題意識にかかってくる。その問題意識とは、現在の自分の持っている問題意識である。”(p237)
といったご専門の脳する言及で「なるほど」と勉強になったと感じられる記述も点在し読み応えを得られたものの、読後感は中野信子さんの覚悟も伝わり、少なからず重かったです・・