先週末、中間記↓をアップロードしていた
水道橋博士の『長州力 最後の告白』を読了.-
本を読み始める前は、本の厚みに相応の労力を覚悟していたものの、
書かれてあることへの興味と、文字も比較的大きめに書かれていたこともあり、ペース良く読了に至りました。
格闘技ブームの陰と光
本の後半(第5章〜)に書かれてあったことは、一旦、長州力さんがリングシューズを脱ぐ決意をし、現役生活にピリオドを打った背景であったり、
“「復帰は興行的な後付け、まず興行ありきですよ。お客さんを入れなくちゃいけない。それはやっぱりウチは興行会社ですから。」
・・中略・・
でも興行的な入りという意味で言うと、営業サイドからすれば、大仁田と僕ってのは、打ち出しやすい図式だったんです。”(p139)
という大仁田厚戦で復帰に至った経緯、或いは
格闘技がブームとなった裏側で、新日本プロレスが冬の時代を迎えた中での
” 格闘技系の選手はそれなりに高い波に乗っかれる。そして一瞬にできて一瞬に消える。
僕の感覚からすれば、残りの人生の半分は、みんな潰れちゃってるイメージがあるんですね。
プロレスラーは一瞬ではできない。何十年もかかる。でも何十年もかかるということは、何十年もメシが食える。この違いは大きいですよ」”(p177)
なる長州力さんの指摘には、
UWF(系列)に夢見た人間としては、離合集散に短命に期してしまった傷跡もあり、腹落ちできる言及でした。
この流れで興味深かったのは、長州力さんが、東京ドームで開催されたヒクソン・グレイシー対高田延彦戦に関して
” 高田はすごいチャンスを掴んだじゃないですか。あいつはよく頑張ったと思うんですよ。
要は興行ですけれど、ヒクソンとは東京ですよね? うん、よく頑張った」”(p179)
と、例えばアントニオ猪木さんが、
“「よりによってプロレスの一番弱いヤツが出ていった」”(p179)
と称したり、トホホな舞台裏は↓
で記されていたりで、一般的な受け止められ方が芳しくない中、思いの外、高評価であったこと。
言われてみれば、私も確かに結果に対する失望はありましたが、「あのような(戦前の)ワクワク感はなかなか味わえないよなぁ」と。
プロレスに熱された者への
長州力さんと水道橋博士による特別対談は、プロレス史の重大事件に関して新証言!といった期待感を抱いていましたが、
水道橋博士が
” 残念ながらプロレスのこととなると、長州の口は重くなる。”(p242)
と述懐されている通り、多分にプロレス<芸人論に寄せられてしまった感で、
長州力さんが水道橋博士に対して本書のオファーを出した意図に関して「?」となる部分もありましたが、
一時、プロレスに魅了された一人、その最も熱かった頃に、その後も脈打ってきた歴史に・・ 私個人、本書を手に取る必然性は有り、読み応えも感じることが出来ました。