週初め、中間記 ⬇︎
をアップロードした京極夏彦さんの『遠巷説百物語』を読了。
その(中間記)後、読み進めたのは
鬼熊
恙虫
出世螺
の三話。中間記の所感で
> 文は平易に分かりやすく
と書きましたが、後半はそのハードルが上がった印象有り。当初は独立した話が六篇と思いきや
大きく影響せずとも登場人物の重複など前話の内容を引用した記述に、そもそも本作はシリーズものの新作との位置付けで
遥かに深い読み方があることに中途から気づかされました。収められている話しは
” 小正月の夜は外に出ぬ決まりである。”(p286)
との言われ伝えのある中、
“「危ねえがら騒いでおるんだ。冬に起きた熊ァ、春先の熊より怖えわ。しかもその熊ぁ、雲を衝く程大っぎんだわ」”(二九八頁)
という巨大熊を巻き込んだ奇々怪々が描かれた「鬼熊」に、
” 埋蔵金を探すことにした。莫迦だと思う。一攫千金を夢見る愚か者にしか見えぬだろうと思う。だが、千金など要らぬのだ。僅かでもいい。小商いをする元手があればいい。”(五〇二頁)
と盛岡藩の命運を揺るがす巨額疑獄容疑から
“「大麻座の ー」そう、乙蔵が言いかけた時。耳を擘くような大音響が響き渡った。
男どもも、祥五郎も志津も、そして乙蔵も音のした方に目を遣った。地面が震えるような大きな音だった。あれは。”(五二三頁)
という絶体絶命の状況に轟いた轟音から話しが紐解かれていく「出世螺」に、
他書であまり感じたことのない江戸時代の市井の人々が醸す世界観に、しばし惹き込まれるような感覚を得られた読書となりました。