ふかわりょうさんの「不器用な日常を綴ったエッセイ集。」のコピーが帯におどる『ひとりで生きると決めたんだ』を読了。
先月(2022年11月)開催された
刊行記念イベントで入手していたもの。
全22篇収録されているうち(個人的)読みどころとしては
” 東野さんと一緒にいることは楽しかったのですが、ずっとロデオをしているような感覚。これが正直なところです。
もちろん、嫌いになったわけではありません。自分にはないものを持っていることが魅力ではあったのですが、長く一緒に居ると、自分から大切なものが奪われ、やがて自分も「悪魔」になってしまうのでは、そんな気がしたのです。”(p132)
という前著『世の中と足並みがそろわない』↓
の刊行記念イベントで登壇された
” おそらく私以外にも、たくさんの人が彼に救われていることでしょう。万人に光を与える神様、それが東野幸治さんです。”(p125)
東野幸治さんについて焦点があてられた「悪魔は愛情でできている」で、東野幸治さんの凄みに仰天エピソード(の数々)に、印象に残った一篇でした。
他では、
” 誰がやり始めたのか、幸福度ランキングも実に馬鹿馬鹿しく、目にする度に腹が立ちます。メリーゴーラウンドに乗っている人に、「今、楽しいですか」「どんな気分ですか」と訊くようなもの。
自分が幸福かどうかなんて気にしていないのが一番いいのです。
温泉に浸かって、「あぁ、幸せ」というくらいはいいですが、幸福度という尺度を気にする時点で幸福じゃありません。いっそ、「今幸せですか」という質問は法律で禁止した方がいい。なんでも可視化、数値化すればいいってもんじゃありません。”(p212/ 「通信簿は続くよ、どこまでも」)
に共感したり、
” 大人のコーディングができていないため、少年の心が発酵し、全身の毛穴から腐臭を撒き散らしています。周囲が気付き、警戒できるので、腐臭はむしろあったほうがいいでしょう。そうして、芳しい敏感中年が出来上がりました。傷付きやすく、繊細な中年。少年の心を持った、大人になりきれていない、中年。”(157)
の内面分析に唸らされたり、
言語化されたふかわりょうさんの世界観、視点に考えさせながらのプロセスが興味深かったです。
なお、本書タイトルに込められた意味合いは
” 「ひとりで生きる」は、そういった、昨今の「ソロキャンプ生活」や「世捨て人」のようなものを意図しているのではありません。「ひとり」であって、「独り」ではない。精神的な「独身」。それが私の、世の中との接し方。”(p217)
というもので、結びのひと言は
” では次回、「入籍すると決めたんだ」で、お目にかかりましょう。”(p218)
と予告されています ^^