『豪州読本:オーストラリアをまるごと読む』のおさらい編、第24弾.-
前回に続いて「第十章 日豪関係の歴史と将来」から、食料分野、経済関係に関する項目からの抜粋です。
食料供給源として機能するオーストラリア
” 日本の台所は世界各国からの輸入に頼っているので食糧自給率は、40%を切っている。つまり、60%以上を輸入に依存しているということである。
年間の輸入額は、7兆円を超えている。そのうち約15%を占めるオーストラリアからの食材も豊富である。”(No.4561/数値は電子書籍のページ数、以下同様。)
この後、本では食材、原料別:米、牛肉、馬肉、水産物、小麦、ソバ、緑茶、果物、オリーブにワインなども含めて概要(又は詳細)が紹介されています。
また、食材の供給地としての恵まれた利点(汚染のない空気・土壌・水、他の大陸から遠く離れた地理的ポジションは検閲の管理上の優位点で、鳥類・昆虫等によるウィルス媒介のリスクを回避できる/No.4680)や
厳しい検閲検査、監視取締りなど、世界中の検閲検査局の中で取締りが最も厳しい検査局の一つとなっている点(No.4689)などについても取り上げられています。
この分野に関して、日本とオーストラリアは・・
” 温帯地域では日本とオーストラリアでは季節がまったく逆であるということと、オーストラリアは広大な大陸で熱帯、亜熱帯地域が存在するので一年中熱帯果物、野菜などが栽培、収穫できるということ、
さらに距離的に日本に近くコンテナ船で約10日、飛行機で朝出ればその日の夕方には着くこと、これらのユニークなオーストラリアの特徴をうまくミックスさせれば、日本の台所がオーストラリアと一層直結する。”(No.4716)
と著者の田中豊裕さんの見立てで項目が締め括られています。
強み弱みを補完し合う経済パートナー
” 日本の経済関係は、1800年代に遡るが、その中心になったのは羊毛である。それが第二次世界対戦終了まで続いた。
戦後、日本の驚異的な復興と高度成長に伴ってオーストラリアとの関係が急速に緊密化することになった。
日本の高度成長に必要な鉱物資源が、オーストラリアには無尽蔵に存在した。
オーストラリアも鉱物資源を開発し、その大部分を日本に輸出することにより成長し、高い生活レベルを謳歌するようになる。
ここに日本とオーストラリアの補完関係が確立した。
鉱山資源にとどまらず、日本の生活向上に必要な食料資源も多くをオーストラリアから供給されることになる。
まさにオーストラリアは日本の産業の発展、高度成長に主たる役割を果たしてきた。”(No.4725)
絶頂期、そしてバブル・・。
” 日本の高度成長、国際競争力、輸出の拡大、海外債権の増大などで日本の円が強くなり、日本の海外投資が積極的に実行されるようになる。
そして、オーストラリアにもその強い円が流入するようになる。
日本のバブル経済期に成ると、不動産、土木建設、観光、サービスなどの分野で直接投資が活発になり、破竹の勢いでオーストラリアの資産を買いあさるようになる。
金余りの結果、あらゆる産業での資産運用としてオーストラリアへの投資が進行した。
あまりにも急激かつなりふり構わない日本の行動、不動産の買いあさりが批判、非難を呼び、人々に脅威を与えることになった。
時を同じくして強い円の恩恵を受けて、日本の海外旅行が全盛期になり、オーストラリアにも多くの日本人旅行者が訪れることになる。
1980年代後半になると東京、大阪、福岡、名古屋などから直行便が就航し、毎日出発便があるという時代になった。
1ドルも100円を切り、円高の恩恵を受け、毎年70〜80万人の日本人が訪れるようになった。
気候が反対で、時差もなく、治安が良く、国民はフレンドリーでかつ、大自然が豊かで、珍しい動植物に溢れ、マリンスポーツを中心に多種多様なアクティビティーが楽しめる。
しかし、1990年代初頭、日本のバブル経済がはじけてから、それまで行われたこの分野でのオーストラリアへの投資を引き上げる企業が相次ぎ、
不動産価格などは暴落し、特に1980年代に不動産投資をした企業は、軒並み大きな損を甘受せざるをえなかった。
暴落した不動産物件に目をつけたのが華僑である。かれは暴落した物件を二束三文で買いあさった。その後オーストラリア経済が好調に移行し、巨額の利益を得た。
しかしながら、バブル崩壊後も不動産、サービス分野以外では、日本企業の直接投資は続けられた。
1990年代中ごろになると、日本市場向けのみならず、オーストラリアやアジア諸国の市場をも視野に入れた進出に移行していくのである。”(No.4751-4786)
日豪新時代への踊り場
” オーストラリアにとって外資の導入が、経済成長、国際競争力をつけるために不可欠であるので、
連邦政府、州政府は投資、企業誘致には積極的で、日本サイドにエールを送り続けている。
連邦政府は、投資の促進のための企業誘致、投資を専門に推進する組織を作り、積極果敢に攻めているが思ったようには成果が上がっていない。
大手企業の場合は、独自の戦略と調査で独自のネットワークを利用して投資判断を行うので、オーストラリア政府の情報提供、援助は必ずしも必要ではない。
また、企業秘密の性格上外部の組織にその動きなどを知られたくないという思惑もある。
一方、中小の企業を攻める場合はターゲットの絞り込み、投資案件として詳細なビジネスプランを提出しなければ、なかなか投資の話には乗れない。
そんな事情もあって期待する実績が上がらないのである。ましてや州政府にとっては、人材、予算上の制限もある。”(No.4805)
但し、ここには日本とオーストラリアの補完関係から
” とにかく日本の投資はこれからも続くであろう。特に日本が必要としている原料(鉱山資源、エネルギー、食料など)が豊富で、競争力がある。
政治が安定し、治安が良い、投資の受け入れに積極的など、長期的な投資戦略を持った企業の進出は続くであろう。” (No.4814)
バブル期の教訓を活かしながらも、今後も切っても切れない間柄となるであろう見通しが示されています。
近未来へのオーストラリアの存在感
以上、前回から時間の経過と共に紆余曲折を経て築かれている日本とオーストラリアの二国間関係ですが、
オーストラリアは海外投資で成り立っているお国事情があり、日本とは食品、経済の分野などでお互いの強み弱みを補完し合う間柄。
引用部分から、まだまだ今後、関係が発展していく可能性が読み取れるのではないかと思います。
バブル期に一旦落ち込んだ対日感情のもつれも、幸い時間の経過、他国の台頭などにより、癒えた面もうかがわれ
日本国内で内需の拡大、成長が見込みづらい中、オーストラリアとのパートナーシップ度合いによって、更に両国にとってより良いストーリーの続きがあるように、今回のまとめを通じて感じました。
昨年(2015年)、局面が動いた経済連携協定(FTA)、TPPなど、日豪関係新時代の扉が開かれる序章と読み取れます。
来週、第十章で残った「日豪交流の歴史」「長期滞在」などについて取り上げ、本書のおさらい編をクローズしたいと思います。