1984年に出版された『民夫くんと文夫くんのオレたち天才! めちゃぶつけ』が改題され、文庫化された
放送作家 故景山民夫さんと高田文夫さんの『民夫くんと文夫くん あのころ君はバカだった』を読了。
先月(2019年5月)に読了していた
『誰も書けなかった「笑芸論」森繁久彌からビートたけしまで』の中に
” 語感が似ているので「民生くんと文夫くん あのころ君はバカだった」という本を出したり・・・ この角川文庫版に談志師匠が書いて下さり、大爆笑の仕上がりになっている。
当人の談志も「オレの最高の文章は民生の解説」と言っている。”(p92)
とあり、古本を検索して入手していたもの。
時代の感性を捉えていた二人による・・
のっけから景山民夫さんによる「まえがき」で
” 高田文夫と僕とは、同じ放送作家をしていながら、13年間まるで出会ったことがなかった。
名前だけは知っていたが、あっちは塚田茂大先生門下の「スタッフ東京」の一員。
こちらは生まれついての一匹カワウソ。どうせ会ったって話は合うまい、チンケな馬鹿だろうくらいに思っていたのだ。”(p3)
とガツンとやられます(笑)
本書はニッポン放送でオンエアされていた番組「民夫くんと文夫くん」の書き起こしで
1. 女の章
2. TVの章
3. ガキの章
4. バカの章
と章立てされ、
“(ふ)ー あとおもしろくないのはさ、週刊誌が大学の合格者の名前のせんの、東大とかさー。
(た)ー アタマくるぜあれは〜。
(ふ)ー あれ売れんだぜ。「サンデー毎日」とかさ。
(た)ー オレだってこの商売はじめて週刊誌に名前が載るまで15年かかってんだよ。それをなんで大学受かったくらいでしょー。
(ふ)ー 18歳でその栄光をつかめるんだぜ。週刊誌に名前が載るということ。犯人でもないのにさ。冗談じゃないよ本当に。”(p133)
といった具合。
女子大生に、放送作家ブーム、海に行った自慢等々、語られているトピックに多分に時代性を感じる内容。
景山民夫さんがリードして、高田文夫さんが受け止めるという基本形で、
このあたり「オールナイトニッポン」でのビートたけしさんと高田文夫さんの役回りを彷彿とさせられました。
80年代の頃のあの雰囲気に、「あったな〜」とか「そういえば・・」と記憶を引っ張り出されたり、
何より、不慮の事故で命を落としてしまった景山民夫さんの当時、帯びていた時代性に
ご存命であったのなら情報番組のコメンテーター等で活躍されていた可能性が高いように思うのですが、
どのように今を斬られたのかとか、そのような思いにも駆られました。
景山民夫 x 高田文夫 by 家元
で、目当ての家元こと立川談志師匠の解説。
「こう来ましたかぁ〜」と(笑)褒めてんだか、けなしてんだかといった書きっぷりで
家元流の愛情表現=評価となっていますが、いろいろこの時代に思いを持つ者の一人としては
ある種、奇跡の一冊と思える構成で、30余年経過している分、笑撃は一段弱まっているものの
凄い本には変わりないですね〜