小説家 万城目学さんの「週刊文春」誌上での連載がまとめられた『べらぼうくん』を読了。
(2021年)6月、西荻窪の今野書店で開催されていた万城目学さんの『ヒトコブラクダ層ぜっと』刊行記念フェアで
入手していたうちの1冊。
タイトルの「べらぼうくん」とは
” べらぼうとは漢字で「篦棒」と書く。
「あまりにひどい」「馬鹿げている」「筋が通らない」といった意味の他に、端的に「阿呆だ」という意味がこめられているところが気に入った。”(p196)
とのことから書籍化にあたり、連載時のタイトル「人生論ノート」から改題されたもの。
小説家が陽の目を見るまでの日々
本書は、
” 週刊誌でエッセイを連載してみませんか。”(p190)
とのオファーに当初は難色を示されたものの
” 超就職氷河期に社会を飛び出し、いわゆる、失われた十年、もしくは二十年を肌で感じていたにもかかわらず、安定した職を捨て、わざわざ小説家を目指すべく無職を選択する ー 、どう見ても無謀な、勝算なき歩みの裏側をエッセイというかたちで “(p191-192)
なる(オファーの)背景に納得させられ、
” かくして大学受験に失敗した瞬間から、小説家としてデビューするまで、ひたすらうまくいかなかった日々を時系列に沿ってしたためる 、というエッセイがスタートした。”(p192)
という出発点から
第一章 べらぼうくん、浪人する
第二章 べらぼうくん、京大生になる
第三章 べらぼうくん、就職する
第四章 べらぼうくん、無職になる
との四段階に大別され本編が展開。書かれている内容は・・
” 就職活動がうまくいかなった理由として、単純に高望みしすぎたことに加え、『Jリーグ プロサッカークラブをつくろう! 2』(セガサターン)なる傑作ゲームに出会ってしまったことが大きい。
ゲーム史に残る、破壊的な魅力を持つ一本だった。自分が率いる大阪の地元チームを世界一に育てるため、昼夜を問わず監督業に邁進したら(というゲーム)、現実社会の説明会やら、面接にやらに行けなくなってしまった。朝までゲームに励み、昼間は寝ているからだ。”(p69)
に、
” しかし、京都にいると、すべてがへっちゃらになってしまう。就職活動をやろうとやるまいと、特に理由もなく留年していようと、さらには留年を繰り返し八回生という妖怪のような存在になろうと、誰も何も言わない。”(p82)
という赤裸々な記述があれば
” 何より、新入社員の女性を左右にはべらせながら、その他メンズに今後の社会人としての生き方アドバイスを垂れるという、滑稽極まりない構図に晒されることを嫌がらないお偉方に「駄目だこりゃ」と思った。”(p114)
という調べればある程度人物が特定されてしまうであろうといった毒づきもあり ^=^;リアリティが存分に直球で伝わってきます。
特に
” 誰からも必要とされていない小説をぽつりぽつりと書き進めつつ、これがいったい将来何の役に立つのか? 本当に小説家になんかなれると思っているのか? 単にお前は働きたくないだけ、モラトリアムに浸っていたいだけ、現実から逃避しているだけ、その実態は過剰な自意識に囚われ、切ない気持ちをもてあそぶフリをしているだけではないのか?要は貴重な時間をどぶに捨てているだけではないのか ー ?”(p103)
といった(学生卒業後)社会との接点を見出せぬ中、小説家になりたいの思いを頼りに悶々とした日々を過ごす描写は、過去の自分と交差する思いもあり興味深かったです。
経歴とは裏腹な!?過去満載
購入の動機はサイン本
でしたが、万城目学さんの京都大学卒業で、著書の多くがドラマ化に映画化されている(ex.『鴨川ホルモー』『バベル九朔』)履歴に、『ヒトコブラクダ層ぜっと』↓
で描かれたスケール感等々、
てっきり「エリート街道まっしぐら」との先入観を抱いていたところ・・ものの見事真逆にひっくり返される内容満載で、そのギャップが少なからず刺激的で楽しめた読書となりました ^^