アメリカ文学を代表する作家の一人、Paul Auster:ポール・オースターのニューヨーク三部作の一作目を飾る作品にして出世作『ガラスの街』を読了。
(2019年)夏、翻訳者 柴田元幸さんのイベント⬇︎に参加直前、
「何か、サインして頂くのに丁度良いのあるかなぁ」と、書店で物色していた際、あらすじ、文庫の厚さなどから手にしていた作品。
裏表紙からあらすじを引用すると
“「そもそものはじまりは間違いだった」深夜の電話をきっかけに主人公は私立探偵になり、ニューヨークの街の迷路に入りこんでゆく。”
といったもの。
今年に入って読んでいたアメリカ文学作品の中ではすんなり描かれた状況に心情等が頭に入ってきて、
中途で難解な部分も有りましたが、進捗に影響することなく、快調なペースで最終ページに至りました。
ポール・オースター だからこその
受けた間違い電話に、悪ノリから、没頭、我を失い・・ やがて全てを失ってしまう、、 といったプロセスから導かれるほろ苦い結末。
翻訳された柴田元幸さんが記された巻末の「訳者あとがき」で本作を
” 『ガラスの街』は探偵小説として論じられることが多かった。
・・中略・・
いまでこそ多くの読者が「オースターが型どおりの探偵小説など書くわけがない」と思ってくれるわけだが、
当時はポール・オースターなる人物が何者なのか、アメリカでもごく一部の人しか知らなかったのである。
・・中略・・
「これは(誰にとっても、客観的に)こういう小説なのだ」と決めつけない限り、どう読むかは読者の自由である。
僕自身も、『ガラスの街』のペーバーバックを初めて読んだときに、まず圧倒的に惹きつけられたのは、その透明感あふれる文章であり、(以下省略)”(p241-243)
と一筋縄でいかぬ世界観の断片に触れた思いで、
映画『スモーク』を鑑賞した際、
名作がよみがえる!『Smoke デジタルリマスター版』予告編
原作者として名前が「ポール・オースター」の名がインプットされていましたが、
その時から間隔を置き、改めて惹き込まれていったた感じに、「先(他作)も覗いてみようかな」とも思わされた作品でありました。