大下英治先生の新刊『田中角栄の酒』を読了。
数日前に、中間記をアップロードした時は第五章まであるうちの第二章までを読了した時点の内容であったため、
今回は、第三章 日本列島改造論、第四章 総理まで上り詰めた田中角栄、第五章 「喜びの酒」「悲しみの酒」「怒りの酒」で印象的であったところを紹介します。
田中角栄元首相の矜持
中後半で書かれている内容は、タイトルにもなっている通り、総理大臣に上り詰めた頃から失脚し、亡くなるまで。
ということなので、本全編を通じては田中角栄元首相の生涯が描かれていることになります。
今回読んだ箇所で印象的であった一つは、いよいよ総理大臣が現実的となった段階で、
側近たちから下記の進言があった場面で・・
” 田中の秘書の早坂茂三と麓邦明の二人が、田中に頼みこんだ。
麓は、田中が総裁選を戦うために著した政権構想『日本列島改造論』をつくりあげるのに強力なブレーンの一人であった。
「オヤジ、小佐野さんと佐藤昭さんを、この際切ってください」
小佐野賢治は「政商」のレッテルを貼られている。小佐野との緊密なつながりをここでつづけていくことは、田中にとってマイナスだというのだ。
小佐野は、この間、地方鉄道、バス、ホテルを買収しつづけ、ハワイにもホテルを買収し、国際興業車種として、四十数社を支配下に置いていた。
資産も、十兆円は下るまい、と世間では噂されていた。
また、帝国ホテル、日本航空の株も買い占め、重役になり、ホテル王、航空王への道を着実に歩んでいたのである。
佐藤昭は、田中の金庫番である。田中との男女の仲を取り沙汰されかねない、というのだ。
総理総裁になった暁には、この二人の関係はかならずスキャンダルとして大きくマスコミに扱われてしまう、と考えてのことであったか。
田中は、涙を流しはじめた。二人を見て言った。
「もうおれにはついてこれない、ということだな。おまえたちの言うことは、よくわかる。
しかしな、このおれが長年の友人であり、自分を助けてくれた人間を、これから自分に都合が悪い、というだけの理由で切ることができると思うか。
自分に非情さがないのはわかっている。だが、それはおれの問題だ。
小佐野や佐藤と、おれの問題だ。自分で責任をもつ。責めは、自分で負う」”(p152)
実際、総理総裁就任後、この問題がアキレス腱となり、失脚の運命を辿ることになるわけですが、
この部分は大下英治先生の講演会でも語られた部分で、田中角栄元首相の人柄をよく物語っているエピソードであると思いました。
一方で総理大臣辞職に追い込まれた後、
” <おれは、かならずロッキード事件を無罪にしてみせる。その日までは、田中派から総理を出すことはあいならぬ。
他派から総理を出しつづけ、党内最大派閥の田中派をバックに、おれがキングメーカーとして君臨しつづける。
そうして裁判に勝ったあかつきには、おれは、ふたたび総理大臣に返り咲いてみせる >”(p204)
と権力への執念を感じられます。
但し、この姿勢が、派内での軋轢を生み、竹下登元首相との確執に発展し、
晩年の体調に影響する問題にもつながっていきますが、その経緯は詳しく本に書かれているので、そちらに譲ります。
大下英治先生が蘇らせた田中角栄の時代
約280ページに及ぶ田中角栄元首相物語でしたが、世の中、田中角栄ブームと云えども、
今年だけで田中角栄本を6冊出版される大下英治先生だからこそ蘇った、当時の世界観があるものと思い、
その読み応えから、しばし名残惜しさのようなものも感じました。
大下英治先生といえば、先週末に(先生の)お誕生会にお声掛け頂き、
私自身の誕生日も間もなく迫っていた状況から、元総理大臣のお孫さんなど30名程度集まっていた方々に同時にお祝い頂くなど
身に余るおもてなしに触れ、本一冊に始まる忘れえぬ経験をすることが出来、特別な一冊となりました。