週の前半、読み始め記⬇︎を
アップロードしていたノンフィクション作家 田崎健太さんの『真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男』を読了。
追い求めた理想と現実の間
本の序盤から中盤に差し掛かり、
” <下関キエタ>と書かれていた。下関とは佐山のことだ。佐山がサイン会に現れなかったというのだ。”(p231)
と鬱積していた新日本プロレス(≒アントニオ猪木)の不満が遂に行動で示されてから、苦悩の色合いが濃くなっていき、
“「彼が欲しいのはお金や名誉じゃないんだよ。新しい格闘技問いいうものを確立したかった。そんな情熱にほだされたんだよ。だって、タイガーマスク辞めて、修斗作ったんだ。”(p403)
その修斗では、門戸を叩き手解きを受けた中井祐樹さんが
“「ぼくらはもう限界みたいな感じでした。全てを変えなきゃいけない時期に来ていた。新しい時代に行かなきゃいけないと思っていた。
あのとき、ぼくは若気の至りだったのですが、(佐山を)外すべきだと頑なになっていました。
今でも、とんでもないことをしたと思っています。あのときはそうすべきだと考えていたからです。”(p552-553)
と述懐する結末に、、
託された灯火
それでも、(文庫本になる元の)本書が2018年7月に出版された
“「あの本の最終章で、(佐山が自分の生き方を最も)理解してほしいのは息子だっていう一節があって、びっくりしました。
そんなことを考えていたとは全く知らなかった。ぼくも父親と向き合わなくてはならないって、はっきり思ったんです」”(p597)
の一文に端を発し
“「ぼくができることっていうのは、父親の技術を次の世代に伝えていくことじゃないか。それが親孝行じゃないかって思ったんです」”(p593)
と、ご子息 佐山聖斗さんが七、八年に及んだ広告代理店勤務に区切りをつけ、父の背中を追い始めたことに希望を見出せる形で本は締め括られています。
佐山サトル、という生きざま
田崎健太さんが本書を書き上げるに及んだ二年数ヶ月の期間から得た佐山サトルさん評で
“「佐山さんって、新しいものを作るときは夢中になる。しかし、完成すると壊したくなる。普通は出来上がったものを大切にして、それを維持することを考える。
ところが佐山さんはそうしたところが一切ない。壊す、あるいは捨て去ることを畏れない」”(p578)
それを受け、佐山サトルさんは
“「それはよく言われます。立ち止まったらどうかって。でも新しいもの、良いと思われるものを思いついたら、しょうがないでしょう。突き詰めたくなっちゃう」”(p578)
と受け答えた部分に佐山サトルさんが辿った軌跡が凝縮されているように受け止めましたが、佐山聖斗さんに託され継承されていくであろう心技に今後注目されるところです。