『カメラを止めるな!』を世に送り出し、一躍、その名を世に知らしめることになった上田慎一郎監督が、(今から十数年前)無名時代、
” バイトをする傍らで本作の執筆に集中した。毎日フルタイムで働きながら他のすべての時間を本作の執筆に費やした。
バイトの行き帰りの電車の中でも書いた。バイトの休憩時間もトイレにこもって書いた。165万円の借金を背負ったのだ。当然、貧乏だった。
家では具なしの名もなきパスタばかり食べていた。バイトへは白米にふりかけをかけただけの名もなき弁当を持参した。(見かねた同僚がおかずを少しずつ分けてくれたりしたっけ)。”(p153-154)
なる環境から書き上げた小説が、
『カメラを止めるな!』の空前のヒットをきっかけとして、蘇ることになった小説『ドーナツの穴の向こう側』を読了。
女子高生目線の・・
ストーリーの方は、
学校の先生との恋に落ちた女子高生が、
” あたしはポケットからいつものドーナツを出し、顔の前にかざした。ドーナツの穴を望遠鏡にして平和な夏の1日をのぞく。
と、ドーナツの穴に収まっていた人がふっと音もなく消えた。方向を変え、他の人にドーナツを向けるとまたその人も消えた。リモコンでテレビを消す時みたいに。ぱっと。”(p55)
といったファンタジーに、
” 今ある常識なんてすべて時の運でできてしまっただけのものなのだ。このおかしな世界のヘンテコなもの達が常識になっていても何もおかしくない。
結局、世界はおかしい。いつの時代も、どんな世界も。”(p147)
と日常から抱く不条理感に・・
全9章に渡って短文が全150ページに及んで書き綴られた独自の世界観が描かれています。
『カメラを止めるな!』への導火線
「あとがき」の記載を拾うと、
本作が書き上げられるまでの道程が、ブログで日々発信され、反響のほどが2chのスレッド化し・・
“『ドーナツの穴の向こう側』は発売前に増刷が決まった。無名の素人作家の本としては異例の事態である。”(p154)
というロケットスタートを切るも、
“『ドーナツの穴の向こう側』が残したものは借金と在庫の山だけで終わらなかった。
本作で描いた「女子高生」と「ドーナツ」は監督作の短編自主映画『恋する小説家』(2011年)で姿を変えて登場し、
その女子高生を演じていた少女は後に監督作の長編映画『カメラを止めるな!』でヒロインを演じることになった。”(p155)
と、
” 人は、いつかの「後悔」を「結果オーライ」にするために「今日」を生きている。なんて言ったら大げさだろうか?”(p156)
上田慎一郎監督の人生観を投影(/確立)した作品となることに。
ひと段落、概ね二、三行程度にまとめられ、小気味好くストーリーが進行してゆき、読みながら独特のリズム≒詩的な感覚を抱きましたが、
各章の頭書きがアクセントとなり、展開されていく独特の世界観、
若かりし頃の上田慎一郎監督の感性に触れることの出来る貴重な一冊です。