東京大学名誉教授、医学博士、解剖学者 養老孟司先生の『ものがわかるということ』を読了。
サイン本入手機会を捉え
手元に引き寄せていた著書。
諸行無常を心得る
本書は
” 八十代の半ばを超えて、人生を振り返ってみると、わかろうわかろうとしながら、結局はわからなかった、という結論に至る。それで「わかるとはどういうことか」という本が生まれたわけで、結論があるはずがないのである。”(p004)
という養老孟司先生が辿った思考の軌跡を経て論が展開されています。実際、最終頁まで目を通しても結論が示されているわけではないながら
” 知ることの本質について、私はよく学生に、「自分ががんの告知をされたときのことを考えてみなさい」と言っていました。「あなたがんですよ」と言われるのも、本人にしてみれば知ることです。「あなた、がんですよ。せいぜい保って半年です」と言われたら、どうなるか。
宣告され、それを納得した瞬間から、自分が変わります。世界がそれまでとは違って見えます。でも世界が変わったのではなく、見ている自分が変わったんです。つまり、知るとは、自分が変わることなのです。”(p038)
という例示に、
” 確固とした自分があると思い込んでいるいまの人は、この感じがわからない。むしろ変わることはマイナスだと思っています。私は私で、変わらないはず。だから変わりたくのです。それでは、知ることはできません。
でも、先に書いたように、人間はいやおうなく変わっていきます。どう変わるかなんてわからない。変われば、大切なものも違ってきます。
だから、人生の何割かは空白にして、偶然を受け入れられるようにしておかないといけません。後述しますが、人生は、「ああすれば、こうなる」というわけにはいきません。”(p040)
なる誰しもに直面している(であろう)現実に、
” 相手のことがわからないのは、なにもあなたの理解力が足りないからじゃありません。たいていの場合、前提が違うからです。
前提が違う人にいくら言葉を投げても、相手に刺さるはずがない。前提の違う話をされると、人は当惑します。
ネコが苦手な人に、ネコの面白さを延々と語ってもまったく伝わらない。こんなに一生懸命話しているのに、なぜわかってくれないのか。ネコに関する前提が根本的に違うんだから当たり前です。”(p103)
や
“人は変わるのだから、正解なんてあると思わないほうがいい。大事なのはその誤解をどう受け入れるかです。
はっきり言うと、誤解は誤解のままで、気づくまで放っておくしかありません。
・・中略・・
物事にはタイミングがあり、いい時機かどうかはその都度気づくしかない。その方法は、人から教えてはもらえないし、教えようがありません。人によって、時間によって、場所によって、すべて状況が違うわけですから、一般化ができないのです。”(p119〜121)
など、意識せずとも変わりゆく自分自身をはじめとして、日常、社会を過ごす(/乗り切るに)に知っておいた方が良い大切であろう記述が点在していて、養老節に知的好奇心をチクチクと刺激された読書となりました〜